ミクロ経済学入門

はじめに

ミクロ経済学とマクロ経済学

国の経済(例えば日本経済)や世界経済全体の動きを分析対象とするのがマクロ経済学で、個々の個人や企業の経済行動に注目し分析するのがミクロ経済学である。マクロ経済では国単位で集めた統計を用いることが多いが、ミクロ経済では、数理モデルによる理論分析が一般的である。なお最近は、情報技術の発展で、個人や企業のミクロレベルのデータが利用できるようになり、現実のデータを使用して分析する実証分析も増えてきている。

ミクロレベルの経済主体の行動を集計したものがマクロレベルの行動として現れるので、ミクロの理論や分析が基にマクロの理論や分析が進められるボトムアップ型の推論が自然であるが、ミクロとマクロの分析結果に整合性があるとは限らないのが実情である。ミクロレベルでは十分な統計値が得られないため、合理性に基づいて行動するとの仮定を基に理論分析することが多い。一方、マクロレベルでは統計値が豊富なために統計分析が容易であるが、ブラックボックスの分析になりがちで、理論的根拠に欠ける分析となりやすい。扱える統計データや理論に差があるので、ミクロ経済学とマクロ経済学は独立した体系を持つことになる。

ミクロ経済学の分析対象:消費者、生産者、市場

分析対象として注目するのは、消費者(家計)と生産者(企業)である。生産して消費することがまさに経済活動であるので、当然となる。消費者と生産者の接点は、市場で行われる。一つ一つの品目について、多数の消費者と生産者が市場で取引を行い、価格と取引量が決定される。消費者にとって市場は外部環境として、その環境下で意思決定される。環境としては、価格や品質、商品差別化の程度である。市場の企業数や企業の意思決定に影響される。一方、生産者は、個々の消費者は無数にいるので、個々の消費者というよりは、消費者全体を一つのものと捉えて、その特性(価格、選好度、需要量)が環境となる。併せて競合他社の動向も影響する。

経済学の考え方

希少性と制約

経済学は、モノやサービスの生産と消費を分析する学問である。モノやサービスは、世の中に無限にあるが、経済学で扱うモノやサービスは、以下の性質を満たすものが対象となる。

  1. 人間によって生産される(自然に入手できない)
  2. 生産量が限られる
  3. その結果、モノやサービスの入手に取引が発生し、取引価格が存在する

ここで、希少性と制約がキーワードとなる。希少性とは、対価の支払いがないという条件で、世の中で手に入れたい思われる量より供給の量が少ない場合を指す。欲しいと思っている人全員が手に入れられるわけではない。ここで、経済学が分析対象とする配分や取引が発生する。制約は、モノやサービスの生産の制約(技術的経済的理由で生産量が限られ、誰もが無限に生産・消費できるわけではない)、消費の制約(技術的経済的理由で消費量が限られ、誰もが無限に生産・消費できるわけではない)によって、ここでも経済学が分析対象とする配分や取引が発生する。

合理的意思決定

経済活動は人間が行うことであり、経済活動に自然法則のように例外なく絶対に成立するような規則性や法則性はないと考えるのは自然である。しかし、多数(大多数)の人が、このように意思決定するのは自然だろうと考えれれる場合がある。与えられた条件の下で合理的に意思決定することである。経済学では、人々は合理的に意思決定するとして議論を進める。与えられた条件は、主に、所得、資産、時間など有限なモノである。具体的には、有限の時間を所与として毎日のスケジュールのやりくり、給料を所与として消費のやりくりなどである。この場合、制約の下で自分の利益(心理的満足、金銭的利益)を最大にする意思決定を行うと仮定することである。

機会費用

意思決定上の選択肢として幾つかの選択肢があるとき、合理的意思決定によってベストな選択肢が選ばれ実行される。一つしか選択できない場合、ベストな選択肢を選んだということは、2番目以降の選択肢から得られる利益を放棄したことになる。選ばれなかった選択肢の中でベストなもの(つまり2番目の選択肢)の利益の放棄の上にベストな選択肢があるわけで、放棄された2番目の選択肢の利益を機会費用という。

消費者の理論

効用関数

人々が消費を行うのは、それによって欲求を充足し満足感を得るためである。商品やサービスの価格は数量化できるが、この満足感は主観的なもので数量化できない。満足感の絶対値は分からないが、どちらの満足感が強いかは比較できる場合もある。同じ価格の商品が2つあるとしよう。1つが選び取られれば、その商品の満足感はもう一つの商品の満足感より大きいと考えることができる。また、商品が1つのものと、2つセットになったものがあり、同じ値段だとする。2つセットになったものを選択するのなら、商品が1つより2つの方が満足感は高いといえる。通常、ある一定量の消費までは、消費量が大きくなれば満足感も大きくなると考えられる。この満足感を経済用語で効用という。

これを定式化すると、iという商品がもたらす効用は、効用関数ui(x)で表わされる。xは消費量となる。ui(x)は、xの増加関数となる。同じ商品が違う値段で売られていたら、安い方が選択される。これを効用関数に組み込むと、U = ui(x) - pxpは価格となる。

予算制約

なぜ、同じ商品が違う値段で売られていたら、安い方が選択されるのか。予算制約の考え方を導入する。ここで予算とは、収入や資産等、使えるお金である。予算が無限にあれば、価格は気にすることなく欲しいだけ購入できる。当然有限なので、消費者は予算制約式に拘束される。例として、予算額をAとしよう。商品をxだけ購入すれば、資産の残りは、A - pxとなる。続けて別の商品(価格P)を購入しようとすれば、最大(A - px) / Pしか購入できない。最適な消費計画は、max   u1(x) + u2(y),  px + Py < Aを解くことになる。図で説明しよう。図は横軸に商品1の消費量(購入量)、縦軸に商品2の消費量を示す。予算制約式px + Py < Aを満たす領域が図示されている。

無差別曲線

u1(x) + u2(y)の値は具体的には計算できないが、同じ効用をもたらす点をプロットすることができる。商品1の消費量を増やしたとき、商品2の消費量が変わらなければ総効用は上昇する。同じ効用をもたらす点は、右下方向になければならない。具体的には計算できなくても、右下がりの曲線になることは分かる。同じ効用をもたらす点のプロットは無差別曲線という。幾つか同じ効用をもたらす無差別曲線を書き入れる。右上に位置する無差別曲線の方が効用値は高くなる。最適な消費計画は、図で予算制約領域の境界と接する無差別曲線上の消費計画である。曲線上は無差別なので、商品1と商品2の消費量の組合せは無数にある。実際消費者はこのような計算を行っているだろうか。商品1と商品2という2つの商品による最適配分については、精密な計算を行わなくても直感的に前述したような考え方で、それぞれの消費量を決めることはできる。

graph消費計画

最適消費計画

一つの財やサービスを消費し続けると効用値は上昇するが、やがて上昇の程度が小さくなり最終的には上昇しなくなる。効用値は頭打ちとなってもかかる費用は、消費量に比例して増えていく。世の中には様々な財やサービスがある。あれもこれも消費したいと思うのは自然であり、予算の制約から、特定財サービスのみ大量消費することはないのが普通である。予算を最適配分し、様々な財サービスから効用を得るよう消費計画が立てられているのである。定式化すると、予算制約のもとでの各種財やサービス消費から受け取る総効用の最大化問題を解き、各種の財やサービス消費の量を決定しているのである。

更に一般化した表現として、消費者は世の中の様々なモノやサービス(例えばA財、B財、C財)の中からどれをどのくらいの量で選んでいるかは、以下の式で表現できる。

A財の追加的効用 / A財の追加的費用 = B財の追加的効用 / B財の追加的費用 = C財の追加的効用 / C財の追加的費用

総効用が最大化されているときの条件について考える。財X,Y,Zをそれぞれx,y,z消費しているとき、最適な状態であるとする。このとき、pxx + pyy + pzz = Iである。u(x) + u(y) + u(z)が最大化されている。ここでxを1つ増やすには、予算制約からyzpx / py(又はpx / pz)だけ減らさなければならない。u(x) / px + u(y) / py + u(z) / pz = 0が最大化の条件となる。もちろん、日常の消費活動は、数学的な最適計算を行ったうえでされているわけではない。直感的に行うのである。

価格効果と所得効果

最適消費計画に基づき、消費者は購入量を決めるとすると、予算制約下では、価格が安くなると購入量が増える。価格によって、消費者の消費の決定が影響を受けることを価格効果という。所得の増大で予算制約自体が上方へ移動すると、一般に購入量が増え、効用も増す。所得によって、消費者の消費の決定が影響を受けることを所得効果という。フローである所得ではなく資産が増えた場合でも消費に充てる金額が増えるため、所得効果同様の効果が得られる。これを特に資産効果という。

graph価格変化と消費量
graph所得効果

現在の消費と将来の消費

最適消費計画では、予算制約の下、効用を最大化する2つの財、A財とB財の購入量の組み合わせを考えたものであるが、A財を現在の消費、B財を将来の消費と考えれば、現在と将来の消費の最適配分比率を計算することができる。ただし、将来の予算は、現在の予算より(1 + r)倍となる。

graph無題

消費の判断

世の様々なモノ・サービスの購入意思決定を行うのに、予算制約も一月分の月給額を総予算と置いた場合、更には一生の生涯所得を総予算とした場合は、消費者の頭の中で、無数に等しい様々な商品・サービスの消費量を組み合わせて最適解を計算しているとは考えられない。よって数学的な最適解が存在したとしても消費者の実際の意思決定は異なる値や方法で行っていると考えられる。前述した、予算制約下での効用最大化問題を簡略化したモデルで考えてみる。消費者は、商品がもたらす効用と価格を天秤にかけて買う買わないを判断していると考えるのである。厳密にいえば資産・所得のある消費者と資産・所得のない消費者で価格に対する見方は異なる。所得が増えれば少々価格が高いと感じても買うことはある。

そこで所得・資産水準を表すパラメータθを導入する。効用値は、U = ui(x) - px + θと表現する。これは、価格pが上がれば、所得θが下がれば効用値が低下するモデルである。各パラメータの大きさを適当に設定すると、U = ui(x) - px + θ > 0を最大化する消費量xを直感的に計算して購入、どんなxでもマイナスとなるならば購入断念となる。

購入の経済的意味

ここで購入とは何かについて考えてみる。購入とは、売り手と買い手による商品とお金の交換である。買い手はお金を売り手に渡し、代わりに商品を受け取る。売り手は、お金を受け取り商品を渡す。売り手と買い手は、強制されることなく自らの意思でこの交換を行うには、売り手と買い手の両方の効用が増価することが満たされていなければならない。

graph最適消費量

消費者の特性

価格に対する選好

消費者の嗜好は様々である。企業が提供するモノやサービスについて、ある消費者は高い価値をおく、つまり高価格でも購入するのに、別の消費者は低価格でないと購入しない。収入を所与としたとき、各人の効用関数は購入予定数量に対して傾きが徐々に下がる曲線とすると、購入量に対して購入価格は線形増加関数なので、最大値が存在する。ここが購入数量となる。価格が上昇すれば、購入数量は減る。価格の上昇は、ある消費者の購入量を減らし、別の消費者の購入量をゼロにし、さらに別の消費者の購入量をゼロのままにする。消費者の嗜好は多様で購入量は様々であるが、価格の上昇は、消費者全体の集計需要を減少させる。つまり、需要曲線は減少関数となる。

時間に対する選好

モノやサービスから得られる効用が、時間軸上で異なった消費から得られる場合を考える。たとえば、現在の消費と将来の消費の組み合わせである。現在の消費と将来の消費を固定にしても、消費者ごとにそれから得られる効用は異なる。総支出額を所与とすると、現在の消費を増やせば将来の消費は減る。つまり、消費自体は時間的なずれがあっても、消費の意思決定は現時点で判断しなければならない。現時点における、現在の消費から得られる効用、将来の消費から得られる現時点での効用から消費計画を決定する。

時間的なずれを同じ時点での効用値に変換するモデルの一つに、割引率の考え方がある。これは、一定期間先の現象から得られる効用を現時点での効用に換算するのに、r (0 < r < 1)で割り引くとするものである。例えば、1期間後に効用Uが得られるのであれば、それを現時点の効用に直すとrUとする。2期間後にUが得られるのであれば、それを現時点に直すとr2Uとなる。つまり、遠い将来に発生する効用ほど、現時点の効用に変換したとき小さくなるとするのである。現時点での消費と将来時点の消費のどちらを重視するかは個人差があるが、この個人差をrの値の違いで表現できる。将来より現在を重視する人はrが小さく、逆に現在の消費より将来の消費を重視する人はrが大きくなる。

リスクに対する選好

モノやサービスから得られる効用が、不確実である場合を考える。例えば、モノやサービスの価値が事前にはわからず、購入して始めて分かる場合や、くじの購入、将来のリターンに期待した投資などである。将来に得られる効用は現時点では分からないので不確実性が必然的に伴う。将来のことは将来時点で決めることができればよいが、現時点での判断が求められると不確実性がある。不確実性の定式化には、確率の考え方を用いて表現する。商品Aを購入すると、100という効用が得られる確率が0.7で、商品Bを購入すると、200という効用が得られる確率が0.3だったとする。消費者はどのような判断をするであろうか。

消費者のリスクに対する選好をモデル化したものに期待効用仮説がある。不確実な事象から得られる効用の期待値を計算し、期待値の大きいものを選択するというものである。例の場合でいえば、Aが選択される。が得られたときの効用はU(x)で表せる。が不確実な事象で、ある確率分布に沿っているとする。ここで注意するのは、の期待値に対応した効用U(x)を計算するのではなく、の実現値それぞれの効用を求め、効用の期待値を計算することである。例で示そう。U(x) = 2xとする。は0.5の確率で0、0.5の確率で1をとる不確実な数とする。このときU(0)の確率も0.5、U(1)の確率も0.5となる。U(0) = 0, U(1) = 2であるので、効用の期待値は1となる。別の例で、U(x) = log(x + 1)の場合を考えよう。 U(0) = 0, U(1) = log 2である。期待値はlog2 / 2となる。これはの期待値を効用関数に代入したlog(0.5 + 1)と比べて低い値となる。一般に、限界効用逓減の性質を持つ効用関数の場合は、確率分布の分散が大きくなるほど、つまりリスクが高まるほど、効用の期待値は小さくなる。効用関数の形によってリスクによる効用値の低減効果は異なり、これがリスクに対する消費者の判断の差となって現れる。

消費者モデルの一般形

消費者がモノやサービスから得られる効用は、価格、時間、リスクによって影響を受ける。消費者モデルの一般形を示すと、離散時間の場合、E[rn{U(x) - px}]、連続時間の場合、E[ert{U(x) - px}]となる。

需要曲線の理論

需要は消費者が消費したいと考えている量である。消費したいと考えている量であって、実際に消費する量というわけでは必ずしもない。価格を所与とし、その価格だったらどのくらいの量を購入したいかは、価格の関数で表すことができる。これを需要関数という。需要関数は、一人の消費者だけでなく、たくさんの消費者集団についても考えることができる。商品を販売する側から見ると、価格を設定したとき、その価格でどれくらい売れるかを、価格の関数で表したものといえる。需要関数は一般に、価格に対して右肩下がりの曲線となる。消費者モデルの一般形から右肩下がりの曲線となることを示すことができる。

価格弾力性

需要関数では、価格が上がると需要は減り、価格が下がると需要は上がる。価格に対して需要の反応の程度を価格弾力性という。価格が1%上昇するとき、需要がx%変化するなら、価格弾力性はxとなる。式で表すと、価格弾力性 = 需要の変化割合(%) / 価格の変化割合(%) となる。価格弾力性が高い商品ほど、消費者は価格に敏感であるといえる。

graph無題

所得弾力性と資産効果

価格弾力性と類似した計算になるが、消費者の所得の変化に対して需要がどう変化するかの程度を示すのが、所得弾力性である。式で表すと、所得弾力性 = 需要の変化割合(%) / 所得の変化割合(%) となる。消費者の所得が増えると需要が高まるモノは所得弾力性が高い商品である。一般に宝飾品や娯楽品に多い。消費者の所得と需要に相関がないモノは、所得弾力性が低い商品である。一般に、食料品や生活必需品に多い。所得は一定期間のフローであるが、ストックである資産(不動産、株、金融資産等)の増減も所得の増減のように、商品の需要に影響を及ぼす。これを特に資産効果という。資産価値が上がれば、その影響で需要が増える商品(高級品や宝飾品等)が該当する。

graph無題
graph無題

生産者の理論

企業の範囲

企業活動を単純化して考えれば、企業活動は、入力要素(材料購入、商品仕入れ)を入力し、資本(土地、建物、機械設備)と労働力によって、出力要素(製品、サービス)を生産することと言えます。企業と外部とのインタフェースを考えれば、「何をやるか」は、「何をどの範囲でやるか」に置き換わります。これによって、事業の境界が定まります。これが業種です。製造業、サービス業の区分けがあり、製造業をとっても、電気機器製造、機械部品製造、被服品製造、建設などの分類があります。更に細かく、例えば電気機器では、音響機器、健康機器、コンピュータ機器などに分類できます。分類はカテゴリを細かくすれば更に細かく分類できます。企業の事業範囲は狭まるほど、集中化により競争力は高まりますが、市場規模が小さくなるため、適当な範囲が選択されます。これを水平方向の範囲と呼びます。モノやサービスを消費者に提供するには、様々な工程が存在します。製造業であれば、原材料の確保、部品製造、最終製品組み立て、流通、販売、アフターサービスなどの工程です。流通、販売、アフターサービスは、サービス業に相当します。全ての工程を手掛けるか、一部の工程に限定し、集中化によって競争力を確保するかの選択で、適当な範囲が選択されます。これを垂直方向の範囲と呼びます。企業の範囲は、水平と垂直の二つの物差しで範囲の大きさを見ることができます。

企業の目的

「何をやるか」が明確になれば、企業は事業を行うことができる。事業を行った結果について、評価をしなければなりません。何をやるかは「What」であって、それを「How」どのように行うかによって、業績が異なってきます。業績は評価尺度によって異なるので、評価尺度を決めます。それが、企業の具体的な目的になります。企業の目的は、経営者の評価関数となります。一般に下記の目的があります。

  1. 企業の株価(総価値)を最大化させる。
  2. 売り上げ(市場シェア)を最大化させる。
  3. 利益を最大化させる。
  4. 従業員福祉を最大化させる。

企業行動のモデル化

評価関数を定めれば、意思決定変数を調整することによって、最適化が図られます。 利益最大化行動の場合は、利益をπとすると、max π = (p - c)q - F、売上最大化行動の場合は、売上をRとすると、 max R = p qとなります。

一般に経営者は、一つの目的だけを追求し他を犠牲にすることはありません。売り上げを上げ、利益を上げ、シェアを上げ、株価も上げ、評判も名声も上げたいと考えるのが普通です。

企業を取り巻く環境

企業は単独では、活動できません。 まず、仕入れ元があります。生産のために資本と労働を投入し、モノやサービスを提供する提供先があります。提供先は、通常、消費者か下流の企業になります。その企業には、同業他社があります。同業他社とは、市場で競争します。事業に必要な資金を調達するのに、資本市場から資金を調達します。労働力は、労働市場から調達するというように、企業と外部とは、市場によって結びついています。

企業価値

企業の価値を評価しようと思ったら、何を測定すべきか。一つは、企業が所有する資産の現在価値である。例えば工場、機械設備などである。資産の直接的評価は、企業が行う事業そのものではなく、事業に使用する物的資産単独の転売価値となる。事業そのものを評価していることにはならない。工場、機械設備などは、事業を行う際の道具として使用されるものである。事業が生み出した価値は、事業によって得られる利益である。利益は一過性ではなく将来に渡って得られるのであれば、将来キャッシュフローを合計したものが企業価値となる。将来キャッシュフローが時間的に異なる時点で発生するなら、将来キャッシュフローの割引現在価値が企業価値となる。

生産モデル

生産は、投入と産出でモデル化できる。産出は製造物であり、投入は、仕入れ、資本、労働である。Y = F(K,L)Fは生産関数と呼ばれる。生産関数は生産方法をブラックボックスとしてモデル化されるが、生産技術の程度によって同じ投入量でも産出は異なる。Fは投入する資本や労働に対して増加関数となるので投入すればするほど産出は増えるが、現実問題として、投入には制約がある。一つは予算制約である。資本を投入するには、資本の借用料rがかかる。労働投入には、賃金wがかかる。予算制約では、r K + w L + f < Iとなる。予算制約がなくても、利益p Y - C = p F(K,L) - (r K + w L) - fの極大点で投入量が決定される。極大点であるための条件は、p F'(K,L) = r p F'(K,L) = wとなり、金利と賃金によって、投入量が定まり、結果として産出も定まる。

固定費、変動費、限界費用、平均費用

コストはその性格により次のように分けられる。コストは、生産量に対して変化するものと、時間軸に対して変化するものがある。生産量に応じて変化するコストは変動費である。原材料費、光熱費などが該当する。生産量とは無関係にかかるコストは固定費である。人件費、管理費、広告費、研究開発費などが該当する。なお、短期的に見て固定費であっても長期で見れば変化しうる場合もある。短期で見るのか長期で見るのか、何に対して固定しているのか変動しているのかによって固定費と変動費を区分けする。ある生産量のとき、更に1個を追加生産するときに必要な追加コスト分を限界費用ともいう。ある個数の生産を行っているとき、その生産に必要な費用(固定費と変動費)を生産個数で割ったものを平均費用(生産1個当たりの費用)という。

機会費用、サンクコスト

生産の前に事業を行うに当たって支出する費用がある。例えば、工場建設や設備投資など初期費用である。これらは、生産の前に行われるので、生産量に対して固定費でかつ時間的にも支出済みとなって固定的である。この費用はサンクコストと呼ばれ、支払ったあとの時点では、意思決定の対象とはなりえない。支払い後の意思決定はサンクコストの大きさによらず決定される。もうひとつの視点は、機会費用である。機会費用とは、ある資金を別の目的(通常は別の目的の中で最も優良な案件)で使用した場合に得られるリターン額を指す。本来の目的で資金を使用することで、別の目的で使用された場合に得られるリターンが得られなくなる。これが機会費用となる。一般的には、投資案件に対する機会費用は、投資資金を金融機関に預ければ得られたであろう利息分が機会費用となる。投資案件に対する代替案が株式投資となっていた場合は、株式のリターンが機会費用となる。なお、投資、株式投資、預金は、リスクが異なるので単純にリターンの量だけを比較することはできない。期待値を比較することだけでも不十分である。預金はリターンが低いがリスクも低い。投資案件、代替案件にリスクがある場合は、効用値によって比較する。投資案件の機会費用は、投資案件以外で最も効用値が高い案件の期待値である。

生産問題

利益を最大化させるためには、コスト一定で生産量を最大化させるか、一定の生産量でコストを最小化するかの2つがある。生産の問題を定式化すると、次のようになる。 max [p1 F1(k1,L1) + p2 F2(k2,L2)], k1 + k2 = K, L1 + L2 = L max p F(K,L), r K + w L + f = I min [ r K + w L ], F(K,L) = Y いづれも制約条件付き最適化の問題となる。

graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題

損益分岐点分析

費用と売り上げの関係を表したのが、損益分岐点解析である。損益分岐点解析では、生産に必要なコストの市場価格を調べることで、最低いくつ販売しないと黒字とならないかを示している。通常黒字を出すように事業を計画するので、事業規模や販売目標の設定に役立つ。式で表すと損益分岐点は、$pq = a q + bより、 q = b / (p - a) となります。この式を移項すれば、逆に販売価格を、 p = a + b / q にすれば、収支がゼロになる。一定の利益gを得るには、g = (p - a) q - bより、損益分岐点は、q = (b + g) / (p - a)となる。

事業にかかるコストとして、固定費と変動費に分け、どれくらい売り上げがあれば、費用を回収できるかを示すもの。利益がゼロの点を損益分岐点という。一般に、従業員の賃金、オフイス賃料などは、商品の売り上げが変化しても変化しない。これを固定費という。一方、仕入れ費用、材料費、光熱費、運送費などは、商品を沢山作るほど、沢山売るほど費用がかかる。これは変動費という。商品1個を生産販売する費用が一定だとすると、次の関係が成り立つ。 TVC = VC Q ここでTVC:変動費、VC:1個当たりの変動費、Q:生産販売量である。 変動費と固定費を合わせると、総コストとなる。 TC = TVC + FC = VC Q + FC ここでTC:総費用、FC:固定費である。 売上は、 S = P QS:売上、P:価格)であるので、損益分岐点では、S = TCであり、P Q = VC Q + FCが成り立つQを求めればよい。グラフを描けば分かるが、費用を回収する売上高である損益分岐点は、固定費、1個当たりの変動費、価格で変化する。総費用の直線を上に平行移動させた直線は等利益線である。一定の利益を得るのに必要な収入(売上高)を示す。等利益線と売上線の交点が、所定の利益が出る生産販売量となる。損益分岐点分析は、生産販売量によって、収入も支出も変化する場合、利益がでるか投資が回収できるかを見るのに役立つ。利益を上げるにはどうすればよいか。図からわかるように、固定費を下げ、1個当たりの変動費を下げ、価格を上げればよいが、実際は簡単ではない。価格を上げれば販売数量が下がる可能性がある。固定費を下げた結果変動費が上昇する場合もある。しかし、それぞれの値が変化した場合、損益分岐点がどう変化するかを見てとれる。実際の販売量と損益分岐点販売量の比を損益分岐点比率と呼び、販売の余裕度を表す指標となる。

費用分析

損益分岐点分析では、1個当たりの変動費は生産販売量に対して一定との仮定を置いた。この仮定を緩め、生産販売量に対して、1個当たりの変動費が変化するとする。もともと変動費なので、生産販売量に対して変動費は変化するが、1個当たりの変動費が変化することに注意する。損益分岐点分析では、縦軸に売上高を置いたが、ここでは、1個当たりの金額(価格又は1個当たりの費用)を置く。1個当たりの変動費を一定と置くと。水平線となる。価格も水平線である。各総費用は、TC = TVC + FC = VC Q + FCであるので、総費用を販売量で割った1個当たりの費用(平均費用)は、AC = TC / Q = VC + FC / Qとなる。図で注目すべきは、平均費用曲線である。生産販売量と無関係にかかる固定費の影響により、平均費用は、生産販売量の増加とともに減少し、限界費用曲線に近づく。生産販売量につれて1個当たりの費用が減少することは、規模の経済と呼ばれる。より多く生産販売する企業は、他社より低い価格での販売が可能か、他社と同じ価格であればより多くの利益を出せる。この効果は固定費が大きくなるほど顕著となる。一般に価格が高くなるほど需要が減り、安くなると需要が増す。図の数量と価格の平面に需要曲線を入れてみる。需要の性質から右肩下がりとなる。平均費用曲線より上の価格で販売すれば利益がでる。しかし需要がないと売れない。需要された量だけ生産販売するとすると、需要曲線と平均費用曲線の距離が利益分となる。需要分だけ生産販売するなら、価格は生産販売量の関数となる。P = f(Q)利益はR = PQ - TC = f(Q)Q -(VC Q + FC)である。生産販売量を変化させて利益を最大化させるには、利益式を生産販売量で微分して、ゼロとおけばよい。f'(Q)Q + f(Q) - VC = 0この式を満たすQが極大値の条件となる。(厳密にはこれが最大値となるためには、条件を満たす値が一つで、かつその前後の変化が利益式を極大化させている必要がある。)

供給関数

企業の利益を最大化する生産計画は、max [p q - TC(q)]である。限界費用がmで一定ならば、max [p q - (m q + F)] = max [(p - m) q - F)]となる。市場価格pが所与であるとき、p > mなら無限に生産すれば無限に利益が得られる。p < mなら生産するほど損となるので、生産しないという選択となる。現実は、大量に生産しようとするほど、限界費用も固定費も上昇すると考えるのが自然である。よって、max [p q - TC(q)]は、pを所与としたとき、有限の最適値qが存在する。個々の企業のqを集計したものが市場全体の生産量となる。集計的生産量は、価格に対して右肩上がりの関数となる。

経済性

生産には様々な技術的要因が絡む。研究開発費、広告費、営業費用、管理費は固定費、製造部門の人件費も短期的には固定費となる。一つ当たりの生産費用は、AC = TC / Q = VC + FC / Qであり、固定費の存在は、大量に生産する程、一つ当たりの費用が安くなる。競合他社より大量生産大量販売すれば、競合他社より大きな利益を得られるか、少し安く販売することで競争上有利になる。これを規模の経済効果という。近年の技術革新は、変動費より研究開発費などの固定費の割合が大きくなり、益々市場競争で生産規模が競争力を決定づけるようになってきている。一つの製品を生産するより、二つの製品を生産する方が生産コストを低下させる場合がある。理由としては、2つの製品で使用している技術や生産工程で共通部分が多く、二つを同時に生産することで、より効率的な生産ができる場合である。もうひとつは、原材料で共通部分があると大量仕入れによる調達価格の低下が可能である。生産範囲を広げることで元々の製品の生産コストが低下するならば、これは範囲の経済効果があるという。コンピュータ製品などは、様々なユニットを連結して使用する。その時に業界標準となっている規格に準じた設計となっている製品は、接続性に長ける。様々な規格の製品がある中で大量に生産販売されているものは、消費者にとって魅力度が増す。これが更なるシェア拡大をもたらす。この性質をネットワーク外部性という。大量に生産することは、別の点でもコスト有利となる。生産の経験を積む過程で、生産部門の効率化、最適配置、品質管理等で学習効果が生まれる。生産の学習によって、より安くより高品質の製品の生産が可能となる。大量に生産する、広範囲に生産するということは、他社との競争において、コストの点、商品の魅力の点でゆうりとなる。

規模の経済

生産数量に関係なく掛る経費:固定費の存在は、生産数量が大きくなるほど、1個当たりの生産コストが低減するという規模の経済効果が現れる。1個当たりの生産コストが低減すれば、市場での価格を安くすることができ、市場競争力を高めることができる。逆に、規模の経済効果を活用できない生産者は市場で利潤を上げることができず、退出を余儀なくさせる。生産個数をq、変動費(1個当たり)m、固定費をF、とすると、1個当たりの生産コスト = m + F/qとなる。大量生産するほど、価格を安く設定することができる。生産設備や研究開発費など固定費の大きな業界(重機械工業、ハイテク産業)では規模の経済効果が大きく、ごく少数の大企業が大量生産することが経済的である根拠を与える。大型の生産設備が必要な産業、研究開発費がかかる産業、例えば、自動車、電機、機械、薬品分野では規模の経済の効果が高いために、少数の企業が市場競争する形態となっている。

範囲の経済

生産の範囲(種類)を広げることが、1つ(種類)当たりの生産コストを低減させる性質を、範囲の経済という。一つのモノを生産する場合と、二つのモノを生産する場合を比較して、二つのモノを生産する場合のコストが一つのモノを生産する場合のコストの2倍に満たないのなら、範囲の経済があることを意味する。一般に、複数のモノの生産において、研究開発や生産設備、労働投入の面で共通部分があるなら、範囲の経済効果がある。この場合、商品ラインアップの拡大や事業の多角化は、競争力を高める。また、生産の種類だけでなく、川上工程から川下工程までのうち、ある工程のみを実施するより、より広い範囲の工程を実施することが経済的である場合も含む。

連結の経済

範囲の経済の類似した概念で、事業やモノの生産、サービスの生産を複数組み合わせた方が、相乗効果により、組み合わせず、単独で事業を行うよりも効果を増す性質を連結の経済効果という。一見共通性のないモノやサービスを組み合わせて同時に消費者に提供することにより、単独で提供する場合よりも(単独で提供する価値の合計よりも)高い価値の提供、より高い価格付けが可能、市場競争力が増大する効果が得られるのであれば、連結の経済効果が存在する。代表的なのは、IT産業である。ハードウェアとソフトウェア、コンテンツ、ネットサービスを組み合わせることで、より高い価値を生み出せる。

ネットワーク外部性

IT産業においては、ハードウェア、周辺機器、ソフトウェアなどを組み合わせて、機能・性能が発揮される。組み合わせることが前提となっている。この場合、接続の容易性が商品の価値を高める。工業製品には様々な規格があるが、高いシェアを持った規格に準拠した製品は接続性が高い。その規格の製品が普及していれば、その製品と接続が容易な製品が選ばれやすい。このため、製品の持つ本来の機能性能だけでなく、普及している、シェアが高いことが、製品の魅力となり、さらに普及やシェアが加速する場合が多い。これをネットワーク(連結性)の外部効果(製品の持つ本来の機能性能以外の効果)といい、ITなどの先端産業分野では重視される考え方である。

市場の理論

市場の構造

直感的に行って、ある商品の値段が高いより安い方が買う気が起こるでしょう。買うか買わないかは、その商品に付けるあなたの価値で決まります。1万円で買うということは、あなたが、その商品と1万円との交換に進んで応じることであり、その商品に対して1万円以上の価値を付けているからです。物とお金を交換することで特をするので、交換に応じるのです。ただし、その商品に付ける価値は人によって異なります。よって、買う買わないの判断は、価格に対して人それぞれとなります。しかし、価格は安いにこしたことはないので、価格が安くなるほど、「買いたい」人は増えてきます。価格を所与として、どれくらい買い手がつくかを関数として表したのが、需要関数です。ただし、需要関数は、○○円だったら、○○個売れるという対応関係を示したものなので、実際に様々な価格帯で実験(実際に販売)をしてみないことには、具体的な関数の形はわかりません。しかし、一般的には、価格が高い程、売れなくなると考えるのが自然です。一方、供給側から見れば、生産したものを全部売り切るには、需要関数で定まる市場価格を設定する必要があります。

供給曲線

価格によって、助容が変化し、それが需要曲線となるのならば、それは、供給側でも同じです。一般に、供給曲線は、右上がり、つまり価格が上昇するにつれて、売りたい量は増えます。なぜ、価格が上昇すると、生産者側は、売りたい量をふやすのでしょうか。理由は2つあります。一つは、生産コストに対して市場価格が高いと、それだけ利益がふえますから、その事業に参入し、生産・販売する企業が増えます。企業の生産コストにはばらつきがあるとすると、市場価格が高いほど、黒字となる企業が増え、全体の生産量がふえるのです。もう一つは、最適生産量の考え方です。一つの企業を考えると、生産が増えるほど、限界費用(1つ生産を増やすと追加的に発生する費用)が増大していくために、市場価格を所与とすると、最適生産量が定まり、それを集計したものが、市場への供給量となります。最適生産量は、価格の関数で、価格が増大する程、最適値も増大します。

需要曲線

同じ商品であれば、価格は安い方がよい。価格が高くなると購入が手控えられる。消費者一人一人は、価格に影響を与えることはできない。よって、価格を所与とすれば、購入量は価格の関数となり、価格に対して右肩さがりとなる。

需要と供給

生産者と消費者の関係は、売り手と買い手の関係にある。一方、消費者であっても勤労者として収入を得ているのであれば、労働サービスの売り手であり、買い手は企業である。不動産売買、株式投資、債券投資の場合は、売買によって売り手になったり買い手になったりする。融資の場合は、貸す側が資金の売り手で借りる側が資金の買い手である。しかし、取引の成立条件は、ケースによって異なる。生産者と消費者の場合は、消費者の判断は、効用値であるが、生産者は

集計需要と集計供給

生産者が多数、消費者も多数存在する市場では、集計的需要関数と集計的供給関数によって、需給関係が定まり、価格、取引量が定まる。慣行上、生産販売量を横軸に、価格を縦軸にして需要曲線と供給曲線を描く。需要曲線と供給曲線の交点(価格、取引量)が実現する取引である。なお、観測可能なのは、実現値である交点(価格、取引量)だけである。図は単純化した需要曲線と供給曲線を描いている。何らかの理由で需要が増大すれば、需要曲線は右に移動し交点も移動する。その結果、価格と取引量の両方が増大する。需要が減少した場合は、価格と取引量の両方が減少する。一方、原材料、人件費などの生産コストが低下すると、所与の価格が同じでもより多く生産するようになる。供給曲線は、右に移動する。その結果、価格は低下し、取引量は増大する。生産コストが上昇した場合は、価格が上昇し取引量が減少する。

graph無題
graph無題
graph無題
graph無題
graph無題

競争の形態

市場競争の形態は、主に次の3つである。生産者と消費者が存在するが、消費者は不特定多数存在すると仮定される。

完全競争市場

生産者も不特定多数存在すると仮定する市場である。個々の生産者、消費者は小さな存在で、個々の生産消費行動が市場で形成される価格には影響を与えないとする市場である。食料品、農産物市場が代表的である。個々の生産者消費者は価格を所与として効用値、利益を計算し、最適化させた行動(生産量、消費量)をとる。

graph無題

寡占・独占市場

生産者が少数であり、個々の生産者の意思決定で、需給関係が影響し、価格変動をもたらす市場である。代表的なものに、耐久消費財市場、電力市場がある。消費者は価格を所与として行動するが、生産者は、自己の利益を最大化させるように行動でき、生産者側が有利となる。

graph無題
graph無題

独占的競争市場

生産者は多数であるが、個々の生産者の製品は、独自の仕様、機能、デザインを持っており、消費者は、価格だけを単純比較して製品を選択できない市場である。製品が差別化されているので、特定の製品を嗜好する消費者にとっては、その製品を供給する生産者は少数(ないしは1社)となるので、生産者側の行動が価格形成に大きな影響を与える。現代の耐久消費財市場がこれにあたる。

graph無題

競争市場の比較

graph無題

限界費用価格付け

1個を追加的に生産するときの追加分のコストが限界費用である。上記の例では限界費用は一定と仮定したが、一般には、生産量が増えるに連れて、学習効果や原材料のまとめ買い等、限界費用が低減し、一定の生産量を超えると、限界費用が上昇し始める。「価格>限界費用」が成り立つ生産量であれば、生産を増加させた方が、追加的な利益「価格-限界費用」が発生するので、生産量を増やす。増やし続けると、需要曲線の性質から価格は低下し、限界費用は増大する。「価格<限界費用」となったときは、利益は出ないのでそこまでの生産はしない。結局、「価格=限界費用」となる生産量が最も利益が出る生産量となる。このとき限界費用価格付けという。

graph無題

平均費用価格付け

限界費用価格付けでは、固定費の考慮はなかった。限界費用価格付けは、最も利益が出る状態を表すが、これが正の値となっているかは保証しない。つまりベストな状態には変わりないが、最も損失が少ない状態である場合もある。固定費を含めて正の利益が出ているか、つまり全ての費用が回収されているかを見るには、平均費用との関係で見る。平均費用は固定費分を含め全ての費用を1個当たりに直したものである。「価格>平均費用」であれば、全てのコストが回収され、利益が出ている。規模の経済が働けば、生産量が上がれば平均費用は低下する。しかし生産量が上がるにつれて低下は緩やかになる。一方、生産量が上がればそれを需要する価格は低下する。生産量が増えれば、「価格>平均費用」の間は利益が出続けるが、やがて「価格<平均費用」となると利益がでないので、そこまでは生産しない。よって、「価格=平均費用」となる生産量では利益がゼロであるので、「価格>平均費用」のどこかの点で落ち着くこととなる。「価格=平均費用」となる点は、「価格=限界費用」となる点より生産量は低くなる。

 
graph無題

参入と退出

n社が市場競争しているときにある1社が参入したとしよう。どの企業も対象的で同様な技術力、生産力を持っているとすると、n+1社になれば、1社当たりの利益が減ることが予想される。理由としては、需要が変わらなければ各社のトータルの生産量は変わらず、1社当たりの生産量が低下する。又は1社当たりの生産量が維持されたとすると、トータルの生産量が増えることで市場価格が低下し、1社当たりの利益が低下する。どちらの場合でも利益を低下させる。ではどのような条件で参入も退出もない均衡した状態となろうか。概念的には、n社で均衡している場合、R(n - 1) > 0R(n) = 0R(n + 1) < 0が成り立っている。これは、各社が対象的であったっ場合であり、各社の技術力、生産力に差がある場合は、生産性の高い企業が参入に成功し、生産性の低い企業が退出を余儀なくさせる。この入れ替えが、産業の生産性向上をもたらす。規模の経済が働く市場では、市場シェアの大きい企業が有利で、シェアの小さい企業は退出していく。この過程で、市場を構成する企業数は減少していき、最後には少数の企業だけで市場が構成されるようになる。寡占化の過程である。企業参入は、参入すると利益が出ると期待されなければ参入は起こらない。現状、R(n - 1) > 0であっても参入が起きない状況が存在する。これは参入障壁と呼ばれる。参入障壁には次のものがある。

  1. 規模の経済が働いている市場。参入企業は、大量生産販売の見込みがなければ利益を上げる見込みがたたない。
  2. 初期コストが高い市場。参入して事業を始めるにあたって、事業開始時に発生する初期コストが高いと、資金調達や資金の回収が問題となり、参入できない。
  3. 既存企業に余力がある市場。現状分析して十分に勝算があると見込んでも、参入への対抗措置として、新製品の投入、価格引き下げ、生産量競争などが予想される場合は、参入後の競争状態で利益を見込めなければ、参入は起きない。

市場のライフサイクル

現代の産業では、少数の企業が寡占市場を形成している場合が多い。産業のライフサイクルは以下のようになる。新しく市場(産業)が生まれたときは、市場規模が小さく、かつビジネスチャンスを求めて新市場に多数の参入が起こる。市場で競争する企業数は、市場規模が大きくなるにつれ増加する。やがて競争によって、技術力、生産性に企業間で差が生じるようになり、競争力のある企業がシェアを獲得し、ない企業は市場から退出する。新規の参入をうかがう企業は、既存企業との競争で利益の見込みが立たなければ参入しない。よって、企業数の増加は止まる。規模の経済、範囲の経済、外部ネットワーク性などの効果が働く市場では、市場シェアに差が生じてくると、退出を余儀なくされる企業が現れる。市場が成熟し市場規模が伸びなくなると、企業数は減少し、企業数の減少によって、既存企業の規模の経済効果が働くようになると、そこで市場は安定し、寡占市場が形成される。

競争戦略

生産量競争

競合他社の生産水準を予想し、その条件の下で自社の利益が最大化するよう、自社の生産量を決めること。市場の参加者がみな、このように自社の生産量を決めれば生産量競争になる。生産量を上げる動機は、市場価格が多少下がってもそれ以上に大量販売すれば利益が増加するとの見方のほかに、規模の経済効果、業界標準の地位の獲得、学習効果など様々なメリットがあり、往々にして、各企業が過剰生産に陥り、業界全体の利益水準を下げてしまう結果にもなりうる。

価格競争

同質の商品で市場競争しているのなら、他社より安い(ほんの少し安い)価格を提示するだけで、大きなシェアを獲得することができる。各社お互いが、他社よりほんの少し安い価格をと競争するため、理論上、生産コストに一致する水準で価格は落ち着く。書かう競争は消費者にとっては利益だが、生産者にとっては、利益が出せない状況となる。

製品差別化競争

生産量競争、価格競争に陥らないようにするには、同質な商品で競争しないことである。同質な商品では、他社の生産量に自社商品の市場価格が影響を受けたり、他社の値引きによる価格競争に巻き込まれたりする。機能・性能・デザインを差別化する、製品差別化によって他社製品からの影響を避ける戦略は、一定の利益を確保するには有効である。ただし、市場全体でシェアを獲得して大きな利益を得ることはできない。

顧客細分化競争

製品差別化と似た概念で、特定の消費者のみをターゲットとした商品を市場投入するものである。この場合、ターゲットとする特定の消費者が他社と棲み分けられていれば、製品差別化と同様な効果がある。

graph無題

ゲームの理論

複数の経済主体が意思決定を行う際、競争相手の意思決定を織り込んで自らの意思決定を行う場合、どのような決定が実現するかを分析する数学的な理論である。利益の最大化を意思決定する際の判断基準とすれば、市場で競争関係にある様々な経済主体の意思決定の分析に役立つ。理論分析であるので、経済主体がすべて合理的な行動(利益最大化行動)をとるとの前提の上での議論である。代表的な分析対象に、寡占市場における企業の意思決定(生産量、価格付け、投資額)では、ナッシュ均衡(お互いがその意思決定を行うと、結果的に利益最大化行動をとったことになる意思決定)が実現される。ゲーム理論の分析結果では、一般に、個々の意思決定主体が自分の利益の最大化だけを考えて行動することは、全体の総利益(個々の意思決定主体が獲得する利益の総和)を最大化しない、非効率な状態に均衡するといわれる。

ナッシュ均衡

ゲームの参加者は、それぞれが、ゲームに参加する他者の出し手を予想し、自分の利益を最大にする出し手を選択したいと考えている。この場合、他者の出し手を確認してからでないと、自分の出し手は決められない。つまり後出しじゃんけんでないと勝てない。ゲームの参加者全員がそう考えるのでゲーム自体が成立しない。しかし、参加者それぞれの出し手の組み合わせを全て考えたとき、次の条件を満たす出し手の組み合わせが存在するとき、その出し手を実際に選択することで、ゲームが成立する。2者の場合で説明する。

この2条件が満たされるS1S2の組み合わせが存在する場合、この状態をナッシュ均衡と呼び、ゲームの出し手となる。

2者間競争

競争の研究において、2者間競争は、モデルとして最もシンプルであり、様々な競争形態の分析に用いられる。幾つかのモデルを紹介する。 ナッシュ均衡:同様な企業が市場競争しているとき、相手の戦略を読み込んでその条件で自らの戦略を決めるとき、また相手企業も同様なときナッシュ均衡にあるという。

graph無題

戦略的代替性と戦略的補完性

相手企業が生産量を拡大したとき、それを前提として自らが意思決定するならば、生産縮小が最適反応となるとき、相手とは反対の行動をとる。これを戦略的代替性の関係にあるという。生産量競争が該当する。相手企業が価格を引き下げたとき、それを前提とするならば、自らも価格引き下げが最適反応となるとき、相手の行動に追随する。これを戦略的補完関係にあるという。価格競争が該当する。相手企業が大きな存在であり、市場支配している場合は、自らは相手の行動を所与として、その前提で最適行動をとる。一方、大きな相手企業は、自らの行動から影響されない。

graph無題
graph無題

2段階ゲーム

複数の経済主体の意思決定が2段階行われる場合のゲーム理論である。例えば製造業で、第一段階として製造技術の研究開発を行い、開発した製造技術で製品を生産し市場投入する。市場では生産量競争が行われるとすると、各企業の生産量の意思決定がゲームとなる。各企業の生産量が決まるのなら、それを前提として、生産で得られる利益から研究開発コストを引いた純利益が最大となるよう研究開発投資額が決められる。意思決定(生産量と研究開発投資)は2段階となり、各段階とも競争相手の決定を織り込んで意思決定される。特徴的なのは、研究開発、その後に生産という時間的流れとは逆に、生産の意思決定、その後に研究開発の意思決定がなされることである。

繰り返しゲーム

ゲームによる意思決定が何度も繰り返される場合を分析したゲームである。無限に繰り返されるゲームでは、有限回のゲームとは異なる結果となる。有限階のゲームでは、意思決定は最後の局面から順に遡って行われる。最後のゲームで行う意思決定を前提に、その一つ前の意思決定、更に一つ前の意思決定というふうに逆算で最終的には最初の意思決定まで決まる。一方、無限繰り返しのゲームでは、最終の意思決定というものがないので逆算して、各回の意思決定を決められない。この場合、通常のゲームでは実現しないような協力的意思決定が実現する場合もある。

社会的厚生

経済学は、経済活動を価格や数量で表現し、それを分析する学問である。経済活動に潜むメカニズムを描写するものであって、その経済活動が良いことであるかそうでないか価値判断するものではない。善悪など物事の価値判断は人それぞれであるので、経済学においても踏み込めるものではない。しかし、ある部分については、社会的厚生という物差しで経済活動の価値(よい状況か悪い状況か)を評価することができる。

公共財

人々が利用する様々なモノやサービスを次の視点で分類することができる。

利用者を制限できれば、企業は、利用したい人から利用料金(購入代金)を徴収することができ、モノやサービスの提供をビジネスとして成立する。 逆に、利用者を制限できない(つまり不特定多数が自由に利用できる状態)のであれば、利用料金(購入代金)を徴収できず、ビジネスにはならない。それでも不特定多数にとって必要となる場合は、政府が供給することになる。 利用者数に制限がある場合は、適切な料金設定を行わないと利用者数を制御できない。無料では提供できないため、ビジネス向きである。一方、利用者数に制限がいらないものは、無料での提供が可能である。 モノやサービスで「利用者を制限できない」「利用者数に制限がいらない」ものは公共財と呼ばれ、通常、不特定多数を対象として無料で提供される。よく例に出されるものに、公園、警察、灯台などである。

公共経済学

経済学は主に、民間企業が行うモノやサービスの生産の分析を対象とするが、その分析で培った分析手法を用いて、政府が提供するモノやサービスを分析する学問である。政府が提供する公共財や公共事業の便益、経済政策、その原資となる租税などが分析対象となる。

外部性

経済取引で、その当事者以外に取引の効果が及ぶ場合、外部性を持つという。外部性の例としては、公害問題、ゴミ問題、資源の浪費問題などである。生産者と消費者が市場で取引(製品の購入)する際、生産の副産物(排気、排水、廃棄物)は消費者には販売されない。環境の中に捨てられるだけで、そのコストは、生産者も消費者も負担しない。しかし、公害として社会全体のコストとなる。生産者も消費者もコストを負担しないので、公害を抑制する誘因はないため、社会全体のコストは抑制されないことになる。

政府の役割

外部性が存在する経済の場合、社会全体のコストとなる経済活動であっても、当事者(生産者と消費者)の負担なく、抑制されないまま放置される事態となる。このため、政府の関与が必要になる。関与の手段としては、①規制:公害除去装置を付けないと生産できないよにすること。この場合の生産コスト増は、消費者に転換されることとなる、②税制:生産や消費に課税し、生産(それに伴う公害)を制御する。徴収した税金を使って公害対策を行う、などである。

個人の利益と社会の利益

外部性の発生は、個人の利益と社会の利益が一致しないことを示している。個人の利益を追求しても、その結果として社会のコストが発生するのであれば、それがやがて個人の利益に負の影響を与え、個人の利益を低下させる恐れがある。むしろ、社会のコストが発生しないように、個人の利益追求を抑制した方が結果的に個人の利益となる場合もある。ここに政府の役割があり、経済政策や規制を通じて経済活動をコントロールするのである。

消費者余剰

市場で成立する取引は、需要曲線と供給曲線の交点である。消費者の需要曲線が価格数量平面で右肩下がりであるので、交点でる市場価格以上の価格でも需要はいくらかあることになる。商品に対する効用は消費者ごとに異なり、市場価格以上の価格でも購入する意思のある一部の消費者にとっては、自分が考える価値よりも安く商品を購入できることになる。これを消費者が受ける便益(1万円の価値があると考えている消費者が、実際には市場価格7000円で購入できれば、3000円の便益があるとするのである。)という。各消費者の受ける便益を積算すれば、消費者全体が受ける便益を計算できる。計算の仕方を図で示す。消費者全体が受け取る便益を消費者余剰という。消費者余剰は、図では、市場価格を通る水平線と需要曲線に挟まれた部分の面積となる。

生産者余剰

便益は生産者側にもある。消費者に販売すれば利益を得られる。式では、(p - c)qが利益であり、図では、斜線の部分である。利益は、そのまま生産者が受け取る便益となり、生産者者余剰という。

社会的厚生

市場取引では、消費者は自己のお金と商品を交換することで、商品の効用と費用との差分だけ便益を受け取る。生産者は、商品と引き換えにお金を受け取ることで、受け取り代金と費用(仕入れ、生産ンコスト等)との差分だけべ値きを受け取る。市場取引がもたらす総便益は、消費者余剰と生産者余剰の合計となる。社会全体として望ましい市場形態について議論するときは、この社会的厚生値がどう変化するかが参考となる。

graph無題
graph無題
graph無題

パレート最適

社会的厚生値が上昇すれば、前の状態よりも良い状態になったといえる。市場価格や取引量が変化しても社会的厚生値がこれ以上増加しない状態は、この状態が社会的には最もよい状態といえる。一般に、複数の利害関係者で構成されている市場で、全員の便益を向上させる余地がある場合は、現在の状態は市場全体として最適な状態ではないといえる。一方、利害関係者のだれかの便益を低下させることなしには、別のだれかの便益を向上させることができない状態をパレート最適という。パレート最適は、この状態以外には、明らかにより良い状態(全員の便益を向上させる状態)が存在しない場合を指すのである。経済的には、パレート最適な状態が最も効率の良い状態と定義される。

graph無題

個別最適化と全体最適化

経済活動の参加者は、消費者、生産者、金融機関、政府など様々な経済主体で構成されている。自由な経済体制では、それぞれの経済主体が意思決定を行うが、政府を除いて基本的には自らの便益を最大化するように行動すると仮定される。これは分権型意思決定である。各主体が全体の利益というよりは個々の利益に基づいてバラバラに意思決定することは、全体の利益が最大化されいることは保証しない。全体の利益は、社会的厚生値で評価されるが、最大化されない、パレート最適とはならない可能性がある。定式化すると、個々の経済主体は、max [ v(x) ]を最大化するのであって、max [ v(x1) + v(x2) + v(x3)]を最大化しているわけではないので、結果として社会全体が獲得する便益は不十分なものとなってしまう。経済効率で見ると中央集権型意思決定max [v(x1) + v(x2) + v(x3)]の方が、全体の便益だけでなく、どの経済主体の便益をも向上させる可能性がある。

graph無題

不確実性とリスクの経済学

不確実性とリスク

将来について何が起きるか不確実であるとき、不確実性があると言う。経済活動においても、将来については不確実である。不確実なことは数学的モデル化にはなじまず、経済学においても分析対象とはならない。一方、不確実性と同様な概念にリスクがある。リスクにもいろいろあるが、モデル化可能なリスクについては、分析が可能である。モデル化可能なリスクとは、何が起きるかわからなくても起きる可能性のあるできごと(事象)が分かっていて、その事象一つ一つの発生頻度が分かっている場合である。この場合、確率理論を使って分析できる。

リスクのモデル化

不確実性は、将来のことが不明である場合を意味し、そもそも定式化できない。リスクマネジメントは、不明なものを不明なものとしてしまうのではなく、不明な中にあっても分かっていることを抽出し、不明なものを定式的な表現に落とし込むことで、マネジメントの対象とする。不確実性は、発生可能な事象を全てリストアップし、それぞれの事象の発生頻度を考え定式化できる。例えば、「Aという事象が、1年に1回の頻度で起こる。」「Bという事象が、1年に2回の頻度で起こる。」という表現で、起こり得る事象を全て書き下し、それぞれについて頻度を定めるのである。頻度については、もちろん将来のことなので明確ではないが、通常は以下の方法で頻度を仮定する。①考え得る全ての事象がN個でどれも同様に起きうるのであれば、一つの事象の発生頻度は1/Nと仮定する。②過去のデータ分析で、M回発生した事象のうち、N回が該当する事象であったなら、発生頻度はN/Mと仮定する。

企業利益におけるリスク

例として企業の将来の利益予想を定式化する。利益額を不確実な事象とする。発生する事象の候補は、-100, -50, 0 , 30, 150 等、数字で表現し、各候補に対して確率を与えれば、利益額を確率変数とする確率密度分布を作ることができる。確率密度分布から、確率変数の期待値と標準偏差(リスク)を計算でき、この二つの統計値で、不確実性の性質をある程度表現可能である。確率密度分布の形は様々であるが、近似的にあるパターンに落とし込むと数学的な計算がやりやすくなる。経済活動の予測は物理など精密科学とは異なるので、実用上、扱いやすい分布パターンに置き換えて考えても差しつかえない。実用的なパターンは、正規分布、一様分布、三角分布である。どれも期待値と標準偏差を定めれば分布の形状が一意に定まるため、前述した分布を仮定すれば、後は、期待値と標準偏差(リスク)だけの分析で不確実性の性質を分析できる。

投資におけるリスク

投資にはリスクは付きものである。投資をし生産・販売等事業活動を行ったのち売り上げ金が回収されるが、時間差があるため、将来のリターンを予想して投資判断を行うことになる。将来のことは不確実であるが、この不確実性を確率モデルで定式化する。Xをリターンを表す確率変数とする。将来のリターンは、X=0, X=1, X=2, X=-1, X=-2など、いろいろな実現値をとる可能性がある。ある投資案件Aが、リターンが1となる確率が1/3なら、これをP(X=1) = 1/3と表す。同様にしてこの投資案件Aのリスクを、P(X=-2)=1/6, P(X=-1)=1/6, P(X=0)=1/6, P(X=1)=1/3, P(X=2)=1/6と表現できる。検討中のもう一つの投資案件Bのリスクが、P(X=-4)=1/6, P(X=-1)=1/6, P(X=0)=1/6, P(X=1)=1/3, P(X=4)=1/6とする。将来リターンの期待値は、実現値とその確率を掛け算して足し合わせたもので、2つの投資案件は計算すると同じ期待値を持つ。期待値が同じならば、2つの投資案件は同じであろうか。しかし標準偏差を計算すると、Bの方がAより値が大きく、Bの方がリスクが高いと言える。

期待効用仮説

確率の世界では、確率変数の性質を表すものとして確率分布や期待値、標準偏差がある。経済活動は人間の活動であり、リスクに対する評価も主観的にならざるをえない。将来考えられる結果についても評価も主観的である。ある事情が意思決定を行う人間にもたらす満足度合いを効用という。100のリターンが得られたとき、100の効用を得たとしても、200のリターンが得られたときの効用は、200とは、限らない。一方、リターンが、ー100だったとき、効用は-100とは限らず、-200と感じる場合もある。そこで、リターンの各値に対する効用値(満足度)をグラフにしたのが効用関数である。図は3種類の効用関数を示す。リターンが確率的である場合、実現値毎に対応する効用が得られるが、それもまた確率的である。2つの投資案件から得られる効用の期待値は、効用関数をU(X)とすると、U(X)の期待値である。ここで注意したいのは、U(X)の期待値は、効用の期待値であって、Xの期待値に対応する効用ではないことである。効用関関数を3つ示したが、それぞれは、リスク回避的、リスク中立的、リスク選好的と呼ばれる。一般には、リスクは敬遠される。プラスのリターンよりも、マイナスのリターンの方が大きなこととして認識される。リターンが大きくなっても、増加の程度ほどには、効用は伸びない。投資家がリスク回避的である場合、同じ期待値を持つ投資案件でも、標準偏差の小さい方が好まれる。

リスク選好行動とリスク回避行動

経済主体がリスクを意識するとき、どのような行動をとるであろうか。リスクに対する行動を即時的、直接的にみることができるのが、相場の世界である。経済におけるリスクとは、将来発生する損益の結果が今現在は分からない状態を言う。今現在は将来のことが確定していなくても、予想して行動する。「損益の結果」がすでに分かっていれば、たとえ大損することになっていたとしても、リスクには該当しない。必ずリターンが出る、必ず損する場合は、判断に迷わない。リスクの対象となるのは、リターンも大きいが損失も大きいという選択肢と、リターンが小さいが損失も小さいという選択肢がある場合である。結果のバラツキが大きくなるほどリスクが高いと解釈できる。リスク対象は確率変数として、将来の損益は実現値として、実現値のバラツキの程度は標準偏差で定義する。リスク回避行動は、リスクの高い状態からリスクの低い状態に行動を移すことである。つまり標準偏差が高いと思われるリスク資産を標準偏差が低いと予想する資産の形に変換することである。ここで、「標準偏差が高い(低い)と思われる」と表現したのは、自然科学現象やサイコロの目の予想のように確率分布も標準偏差も所与となっているわけではなく、投資家の勝手な予想に基づいているからである。一般に投資家のリスク回避行動は次の順番で行われる。株式 → 債券 → 現金(外貨) → 現金(自国通貨)の順である。リスク回避行動では、標準偏差の高い状態から低い状態に投資が移る。

流動性選好

例を考える。「将来に株式が現金に対して大きく変動する」と予想したとする。これは、逆に「現金が株式に対して大きく変動すること」でもある。通貨の価値は絶対的ではなく、モノに対してインフレにもデフレにもなりうる。価値の変動は相対的である。株式は現金と交換されるが、現金は、株式だけではなくほとんど全ての財やサービスと交換可能である。交換対象となる財やサービスは無限なので、個々の財やサービスとの交換比率が変動したとしても、平均的交換比率はゆっくりとしか変化しない。交換比率で測られる現金の、財やサービスに対する価値の標準偏差は、現金としか交換できない株式の価値の標準偏差より小さいと言える。交換品目が多い、ないしはすぐに交換できるという性質は、流動性と呼ばれる。リスクが高まると、流動性の低いものから高いものへと移行する。以前、米国でのサブプライム危機のとき、サブプライム証券の売り手はたくさんいるのに、買い手がいなくなり、取引が成立せず値段がつかないということがあった。これはサブプライム証券がいざというとき何とも交換できないことを表している。流動性がない状態である。実測値がないので、将来サブプライム証券の買い手が現れたときでも、交換比率を定められない。サブプライム証券の価格(価値)は不定ということになる。

流動性については、個々のリスク資産に対応して定まるもので、個人差はない。一方、リスク資産の価値の標準偏差については、個人差が生じる。例えば米国で暮らす人であれば、資産としてドルを持つ方が円を持つより資産価値の標準偏差は小さくなる。米国で暮らす人は、モノやサービスを購入するのにドルが必要となる。円資産で保有する場合は、いったん円をドルに換えてモノやサービスを購入することになる。円とドルの交換レートは変化するので、米国内でのモノやサービスの購入力で通貨価値を見れば、ドルの方がリスクが低くなる。一方、日本で暮らす人にとっては、円の方がリスクが低くなり、リスク回避行動としては、保有するドル資産を円資産に交換する行動をとることになる。このように、経済主体や投資主体で資産の持つリスクの程度は異なり、リスク回避時にはそれぞれの主体が、それぞれの主体にとってリスクの低い状態になるよう行動するのである。

リスク下の意思決定

リスクのある投資案件AとBがあるとする。横軸に標準偏差(リスク)、縦軸に期待値を置き、投資案件A、Bをプロットした図を見てみる。期待値が同じならば、標準偏差が小さい方が好まれる。標準偏差(リスク)が同じであれば、期待値が大きい方が好まれる。つまり、図では左上方向にある案件が選好される。リスク回避的であっても、投資家各人の効用関数は個人差があると考えるのは自然であるが、右下より左上の方がよいというのは共通である。同じ効用を得られる点を集めたものを等効用線として、プロットしてみる。曲線の形は効用関数に依存して様々であるが、直線に単純化して考える。等効用線を何本か書き入れれば、どの投資案件が良いかが見えてくる。

投資とリスク

投資はリターンを期待してのものだ。投資はコストとなるが、一定時間経過後コスト分を上回るリターンがあれば投資は意味がある。ここで簡単な例を考えよう。t=0の時点で投資Iを行い、t=1の時点でリターンRがあるとする。単純に考えれば、I ‹ Rであれば投資で利益がでる。しかし、Rは投資から一定時間経過後まで得られない。投資資金を借り入れ(金利はr)で行うとすると、リターンを得られたら元本と利息を返済するとすると、コストはI (1+r)となり、R - I (1+r)が投資のリターンとなる。このようにリターンの額だけでなく、その時期も投資決定に影響する。割引現在価値とは、時間軸上で異なる地点の経済価値を、ある地点での価値に換算し、絶対額で比較できるようにしたものである。この例の場合、R / (1+r)は、リターンのt=0での価値を表す。R / (1+r) - Iがプラスであれば、投資で利益がでることになる。

次に、1回投資をすれば、毎期一定額のリターンRが得られる場合を考えよう。この場合は、t=1期のRの現在価値R / (1+r)t=2期のRの現在価値R / (1+r)2t=3期のRの現在価値R / (1+r)3などを、加算していったものとなる。毎期一定額のリターンが3期までとなっているなら、3期のそれぞれの現在価値の合計額となる。Rが永久に続くのなら、無限級数の和となり、合計値は、R/rとなる。金利が大きくなるほど、現在価値は低下する。毎期一定額のリターンが得られる場合の他に、毎期成長率Rでリターンが増えていく場合を考える。リターンの系列は、R, R (1+g), R (1+g)2, R(1+g)3と続く。無限級数の和の公式から、R / (r - g)となる。r ‹ gの場合でないと収束しない。このように将来リターンの現在価値を計算し投資額と比較すれば、投資案件を評価できる。

評価の仕方は主に3種類ある。①幾つかある投資案件のうち、最も正味リターン(将来リターンの現在価値-投資額)が高いものを選ぶ。②リターンが一定期間に渡る場合、もっとも早く投資額を回収できる案件を選ぶ。③割引率(金利)を未知数rとおき、将来リターンの現在価値=投資額が成り立つときのrを求める。このrの意味は、正味リターンが確保できる最大の割引率(金利)を表し、この値が大きいほど、将来の金利の不確実性に対処できる案件となる。次に不確実性がある場合を考えよう。t=0の時点で投資Iを行い、t=1の時点で確率pでリターンRがあるとする。確率1 - pでリターン0である。正味現在価値は、確率pR / (1+r) - Iが得られるので、期待値は、p(R / (1+r) - I) + (1 - p)(0 - I) = p(R / (1+r)) -Iとなる。pが小さくなるほど、投資期待は低下する。

一般にリターンに不確実性がある場合は、リターンが得られた場合の正味現在価値に確率pを掛ければ正味現在価値の期待値となる。期待値の大きさで投資案件を比較することができる。前述したように、不確実性がある場合は、期待値だけでなく標準偏差(リスク)も考慮しなければならない。期待値が大きい案件でも、リスクも大きければ、リスク回避的な投資家の場合は、敬遠される。各投資案件について、横軸に標準偏差(リスク)、縦軸に期待値を置き、投資案件をプロットする。期待値が同じならば、標準偏差が小さい方が好まれる。標準偏差が同じであれば、期待値が大きい方が好まれる。つまり、図では左上方向にある案件が選好されるのである。

金利と投資(不確実性がない場合)

投資案件がA,B,C,D,Eの5つあるとしよう。不確実性がない場合の図を示す。図の縦軸上に5つの案件が乗っている。等効用線との関係から考えて、A,B,C,D,Eの順に選好される。投資予算枠が1000万円とすると、予算枠の範囲内でA,Bが実行される。金融機関から資金を借りれば、予算枠を超えて投資案件の実行が可能である。予算枠を超える投資案件を全て融資で調達することを考えよう。金利はr%とする。投資のリターンが収益率で、r%より大きければ、金利のコストを支払ってもプラスの利益が出せる。つまり、投資案件の中で投資の収益率が高い案件から実行され、調達方法は最も安い調達方法、例えば自己資金(金利0%)から始まって、金利が高い調達方法を選択することになる。投資案件を追加することで、収益率はどんどん低下し、金利は上昇していく。A,B,Cの順に実施し、Dのとき、初めて[収益率<r%]となるなら、A,B,Cまでしか実行されない。もし金利r%が下がり、[収益率>r%]となると実施される。つまり、金利が下がれば実行される投資は多くなり、金利が上がれば実行される投資は少なくなる。

金利と投資(不確実性がある場合)

同じく投資案件がA,B,C,D,Eの5つあるとしよう。今度は案件に不確実性がある場合の図を示す。図の平面に5つの案件が乗っている。等効用線との関係から考えて、C,D,E,A,Bの順に選好される。投資予算枠が1000万円とすると、予算枠の範囲内でC,Dが実行可能である。不確実性がない場合と異なり、収益率がプラスであっても結果として得られるリターンはプラスとは限らない。リスクは回避的であるので、標準偏差(リスク)が大きいと効用値が低くなり、断念する場合もある。不確実性がない場合は、案件を収益率の高い順に並べ、金利を上回っている限りは実行される。不確実性がある場合は、案件を効用値の高い順に並べるが、これは金額単位ではないので、金利と大小比較することはできない。どこかに線引きをして、例えば、C,D,Eを実行するとしよう。もしここで金利が下がれば、調達コストが減少するので、リスク(標準偏差)は変化しないが、どの案件も期待値は上昇するので、全ての案件の効用値が上がる。よって、一定の効用値以上のものを実行すると決めてあれば、例えば、C,D,E,Aが実施されることとなる。リスク(標準偏差)が変化しない限りは、金利の低下で投資は多くなる。しかし、リスク(標準偏差)が上昇すると、どの案件も効用値が下がる。すると、一定の効用値以上のものを実行すると決めてあれば、例えば、C,Dしか実施されなくなる。リスク(標準偏差)が上昇すると、金利が変化しなくても、投資は減少する。

金利政策と投資

不確実性がない場合は、金利が上昇すれば投資は抑制され、金利が低下すれば投資が促進される。中央銀行が行う金利政策は、この考えに基づいている。景気後退になれば金利を低下させ、企業の投資を促し、投資物の購入、生産の増加を通じて景気を回復させる。景気過熱が起きれば、金利引き上げで投資を抑制し、過熱を抑えることをする。しかし、不確実性がある場合は、このようにはならない。景気が良いときは、リスク選好的になり、景気が悪くなるとリスク回避的となる。景気後退のときは、リスクが意識され、投資案件の効用値は低下する。中央銀行が投資を促進させようと金利を下げても、投資案件の効用値の低下が大きければ、投資は実行されなくなり、金利政策は機能しない。

融資とリスク

融資を行う金融機関の場合、期待値が不変のままリスクが高まれば、融資案件の効用値が低下し、融資を取りやめる案件が増える。リスクが高まっても期待値も上昇すれば、融資案件の効用値が低下せず、融資案件が実施される場合もある。リスクというのは主観的でリスクの程度を計測することは難しい。一方、期待値は、融資案件であれば金利水準で計測可能である。単純に、返済率をpとすると、((1 + r) I - I)p + (- I) (1 - p)が期待値である。リスクが高まり、返済率pが減少すると、期待値も下がる。リスクが高まり、期待値が下がれば効用値は大きく減少する。融資が成立するためには、リスクの高まりによる効用値の低下分を補うだけの金利rの上昇が必要となる。リスクに応じて金利が変化するのである。リスクは観測できないが金利はできるので、金利の変化でリスクの程度を推測することができる。リスクがないと思われる基準金利(例えば国債等)に対する金利の増加分をリスクプレミアムという。リスクプレミアムは、リスクの程度を表す指標となる。リスクの程度で金利が決まってしまうため、金融政策によって基準金利(政策金利や国債金利)を引き下げても、リスクが意識されれば個々の金利は低下せず高止まりのままとなる。